クリケットの試合を見ていて、こんな疑問を持ったことはありませんか。「なんで襟のついたシャツを着てるんだろう?」「どうして真っ白い服なの?」「試合が5日間もかかるって本当?」
実はこれ、すべて「ルール」ではなく「伝統」に理由があります。先日、2026年T20男子W杯での南アフリカのユニフォームに襟がないことに気づいて調べてみたら、これまで常識だと思っていたことがいくつもひっくり返りました。今回は、クリケットのユニフォームと試合形式にまつわる「へえ」と言いたくなる雑学を、まとめてお届けします。
※本記事の画像はAIで生成したイメージが含まれています。実際の用具や試合の様子とは異なる場合があります。
クリケットの襟は「ルール」ではなく「文化の名残」
先に結論から言ってしまいます。クリケットのユニフォームに襟があるのは、ICC(国際クリケット評議会)が決めたルールだからではありません。襟は、昔からの文化的な伝統がそのまま残っているだけなのです。
きっかけは、あるワールドカップでの気づきでした。南アフリカのユニフォームに襟がなかったのです。「クリケットは襟がないとダメ」と長年聞かされてきたので、おかしいと思って公式に確認したところ、返ってきた答えは拍子抜けするものでした——「襟なしのユニフォームは特に禁止していません」。つまり、ずっと前からOKだった、というわけです。
実際、ICCのユニフォーム規定(Clothing and Equipment)には、シャツの色・ロゴの位置・サイズ・背番号・名前・袖の長さなど細かい決まりはありますが、襟そのものに関する規定は存在しません。デザインは各国の協会が選んでいて、ICCは広告や識別、管理の面を見ているだけです。
では、なぜ昔は襟付きが多かったのか? 理由は3つ
ルールでないなら、なぜ長いあいだ襟付きが「当たり前」だったのか。理由は大きく3つあります。
1. もともと普段着でプレイしていたから
18〜19世紀のクリケットは、貴族=ジェントルマンのスポーツでした。当時の男性の正装は「シャツ=必ず襟付き」。スポーツ専用のウェアなどまだ存在しなかったので、普段着に近い格好でそのままプレイしていたのです。
2. 日焼け対策
当時のシャツの襟は、立てて首を守る日差し対策の意味もありました。とくにオーストラリアや南アフリカのように日差しの強い地域では、襟が実用的な役割を果たしていたわけです。
3. ジェントルマンスポーツの象徴
クリケットは「紳士のスポーツ」とされてきました。白い服に襟付きシャツ、セーターやベストといった上品な服装文化が、そのまま競技に残ったのです。今でもテストマッチ(国対国の対抗戦で、最も歴史あるゲーム形式)で白い襟付きが多いのは、この伝統を大切にしているからです。
T20の登場で、ユニフォームは一気に自由化した
流れが変わったのは、T20(20オーバーで行う短い形式)の登場以降です。インドのIPL(インディアン・プレミアリーグ)、オーストラリアのビッグバッシュリーグなど、新しいリーグが次々と生まれました。
これらはテレビ映え・動きやすさ・ファッション性を重視した結果、スポーツウェアの軽量化とデザイン化が一気に進みます。小さなスタンドカラーや、完全に襟のない丸首(ラウンドネック)が増え、代表チームでも普通になってきました。南アフリカだけでなく、インド・オーストラリア・ニュージーランド・パキスタンなども襟なしデザインを採用しています。今のT20では、デザインはほぼ完全に自由化されているのです。
ちなみに、他の「イギリス発祥スポーツ」も出発点はみな襟付きでした。ラグビーもサッカーもテニスもゴルフも、最初は襟付き。それが今では、ラグビーはほぼ襟なし、サッカーも襟なしが主流、クリケットは自由、テニスもほぼ襟なし。襟付きが強く残っているのは、実はゴルフくらいです。
なぜゴルフだけ残ったのか。理由はシンプルで、クラブハウスのドレスコードです。多くのゴルフ場では襟がないと入場できないため、スポーツの問題ではなくクラブ文化として襟が残っているのです。(余談ですが、ラグビーで襟がなくなった理由のひとつには「相手につかまれないように」というものもあるそうです。)
どうしてクリケットの服は「真っ白」なのか

襟と並んでもうひとつの謎が、あの白い服です。これにもいくつかの理由が重なっています。
暑さ対策
伝統的なクリケットは試合時間がとにかく長く、何日もかかります。白は熱を吸収しにくいとされ、当時の屋外スポーツには有効でした。今のように水分補給がこまめにできる時代ではなかったので、なおさらです。
素材の事情
昔のクリケットの服は「フランネル」という厚手の生地で作られていて、あまりに定番だったため生地そのものが「クリケットフランネル」と呼ばれたほど。厚手のコットンとウールの混紡だったため、色の選択肢が事実上「白」しかなかったとも言われています。
洗濯の都合
染色技術が未熟だった時代、泥や汗のついた色物シャツはきれいに洗えませんでした。白なら漂白して管理できる——という実務的な理由もあったのです。
紳士の象徴
白には清潔・上流・高貴といったイメージがあり、白い服でプレイすること自体がジェントルマンの証だったのです。ちなみに、当時の「白」は厳密には真っ白ではなく、アイボリーやクリーム色に近い独特の色で、「クリケットホワイト」と呼ばれていたそうです。
カラーユニフォームと白いボールはいつ生まれた?
色付きのユニフォームが登場したのは1970年代後半から。仕掛けたのは、オーストラリアのメディア王ルパート・マードックーです。
放映権をめぐる対立から、彼は1977年に「ワールドシリーズクリケット」という独自リーグを立ち上げました。ここで初めてカラーの服が採用され、さらに画期的だったのがナイトゲーム(デイナイトマッチ、俗にいうナイターのことです)の導入です。
夜の試合が始まったことで、もうひとつ大きな変化が起きました。それまでクリケットのボールは、太陽を象徴する真っ赤な色でした。ところが球場のライトの下では赤いボールが見えにくいため、白いボールに変わったのです。カラーの服と白いボールから、当時は「パジャマクリケット」という呼び名も生まれたほど、伝統派からは反発もありました。
ところが今や、これらはすっかり主流に。ワンデーマッチもT20もIPLも、ほとんどがカラーユニフォームと白いボールです。逆に最近の子どもたちは「白いボールが普通」と思っていて、赤いボールを見て「なんで白くないの?」と不思議がるほど。伝統の白い服と赤いボールは、もうテストマッチにしか残っていないのです。

「試合が5日間」って本当? 長すぎる試合のナゾ
クリケットの代名詞ともいえるのが、試合時間の長さです。テストマッチは、なんと1試合が5日間かかります。なぜそんなに長いのか、これにも歴史的な背景があります。
記録に残る最古のテストマッチは1877年頃。当時はそもそも試合時間に制限がなく、勝負がつくまでやっていました。そのため3〜6日かかることが多く、平均すると3日程度。19世紀のクリケットは、観客の予定やグラウンドの使用状況に合わせて3日間で組まれていました。
理由は観客の事情です。当時の観客は地方から鉄道で会場に来ていて、休みは土曜日。そこで木・金・土の3日間で組み、土曜日に観客が集まる仕組みにしたのです(今でもテストマッチが平日から始まり週末に向かうのは、この名残です)。
ところが、雨やグラウンド状況の悪化で3日では終わらない試合が頻発。次第に4日、5日と伸びていきました。20世紀初頭になると、興行として成功させるため——テレビのない時代、日数を増やせばそれだけ観客を呼べる——5日間の試合が増え、1930年代にはほぼ一般的になりました。中には6日間、さらには「タイムレステスト」と呼ばれる無制限試合で、9日間プレイした末に引き分けで終了した、という伝説的な記録もあるそうです。
5日間という長さも、野球にたとえると意外とシンプル。「1回の表で1日、裏で2日目、2回の表で3日目…」というイメージで進み、そこに天候のずれも加わって5日間に落ち着いた、というわけです。夜は照明設備がなく、観客の帰る電車もなかったため、「今日はここまで、続きはまた明日」と区切っていたのです。なんともおおらかな時代ですね。
まとめ|知れば知るほど面白い、クリケットの「なぜ」
クリケットの襟・白い服・5日間の試合——どれも一見「変わったルール」に見えて、その正体は長い歴史が育てた文化や伝統でした。
- 襟があるのはルールではなく、紳士スポーツ時代の名残
- 白い服は暑さ対策・素材・洗濯・象徴など複数の理由が重なったもの
- カラーユニフォームと白いボールはT20の人気とナイトゲームから生まれた
- 5日間の試合は、鉄道や観客の事情が生んだ歴史の産物
ルールブックには書かれていない「なぜ」を知ると、試合の見え方も少し変わってくるはずです。クリケットには、こうした「へえ」と言いたくなる話がまだまだたくさんあります。気になった方は、ぜひ下記からもっと深い世界をのぞいてみてください。
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記事監修
松村 謙一郎(クリケット指導者・普及活動者)
日本全国を周りながらクリケットの普及活動を行い、2008年には国際クリケット評議会から日本人として初、史上最年少で、世界で33人目の功労賞を受賞、2009年にはこの100年間でクリケットに功績のあった「歴史上の世界の1000人」にも選ばれた。
これまで、30年以上日本全国で普及活動しており、出前クリケットやCriceTRYなどの体験会やイベントを通じ、初心者向け体験会や指導を行っている。